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なんか不思議な町のモモコ 

1話 モモコ、母を求めてどっかへ旅立つ

 夕ご飯の残りにサランラップをかけると、またモモコの目に涙が浮かんだ。
この3日間、モモコは泣いてばかりいる。
それというのも、モモコ(奈美桃子)のお母さんの奈美幸江が、
「さがさないでください」と置手紙を残しモモコの前から姿を消してしまったためだ。
モモコの父親の奈美安雄は、長距離トラックの運転手をしていて昨日から家にはいない。
この父母とモモコの3人が暮らす古い団地の2階にある我が家。その一室が広く感じられた。

 モモコは小学校4年生、美人ではないが、ややポッチャリとした見かけで愛嬌のある女の子だ。
また生来の快活さから常に笑顔を絶やさず、とかく人に嫌われるような性格の子供ではなかった。
さらにまた多少負けず嫌いなところもあり、人前で涙をこぼすようなことは滅多にないといえた。
そんなモモコが、ここのところ家でも学校でも泣いてばかりいたのだ。

 涙で滲んだ食卓に、つい日ごろの父と母の影がおぼろげに浮かんだ。
そして母幸江をメインに家族のいろいろな思い出のシーンが頭を廻った。
一緒に三輪車で遊んだ幼い日のこと。おばあちゃん家に海水浴に行ったこと。
2年おきのクリスマスパーティーのこと。遊びに夢中で帰りが遅くなりひどく怒られたこと。
母の日に描いた我ながらヘタクソな似顔絵のこと。ホットケーキの作り方を教えてもらったこと。
けんかして、つい「お母さんなんて、いなくなればいいのに!」などと言ってしまったこと。
最後に「さがさないでください」の置手紙の一文で映像シーンは終幕した。
その文字がとても美しく優しい筆跡で書かれていたのを思い出すと、
モモコの目にさらにに大粒の涙があふれ出した。

 そしてモモコはこれまでにないくらい激しく、それはもう泣くに泣いた。
床をゴロゴロと転げ回り、腹の底から濁音まみれの喚き声をはり上げて、大泣きした。
その一方、「あはは、今のあたしってブタがもんどり打って呻いてるみたいなの」
と自分を客観視し、嗚咽の中で自嘲するモモコもいた。

 しばらくして、モモコは両手で涙を拭うと、ある決心をした。
「そうだ、あたし、お母さんを捜しにいこう!」
洗面台で涙とハナ水をゴシゴシと洗い落とし、鏡で今現在の自分の姿を見た。
「ぷぷっ、本当っブタ! めそブタちん、あはっはっ!」
*めそブタちん=泣いた雌ブタの意と思われるモモコの造語
モモコは泣いてクシャクシャになった自分の顔を見てつい吹き出してしまった。そうしたい気持ちもあった。
笑える余裕が戻ったと思った。鏡に映る自分のまだ不完全な笑顔が、ちょっとカワイク補正されて見えた。
そのまま思いっきり左右に口角を広げ、無理矢理にスマイルに近い表情をつくってみた。
強張っていた表情筋がほぐれ、笑顔に気持ちが追いついてくると、なんだか心身が落ち着き、少し楽になった。
ほぼ復旧した自分の笑顔を改めて見て、
「モモちゃんってば、かっわいいーーーっ」と鏡の自分に言い聞かせ、そういうことにした。
そしてそのまま視線を鏡の下のほうに移すと、小学4年生にしては大きめの自身の胸の膨らみが目に入った。
「あれぇ、またちょっとおっきくなったかもなの……」
何故かこのとき、モモコが抱える残りすべての精神不安はこのオッパイの件により一掃された。
普段はこの胸の発育のことで、同級生に恥ずかしい気持ちになることがままあるのだが、
このときばかりは自分がなんだか頼もしく思えた。
するとモモコは2、3回自身のおっぱいを両手でモミモミしてみた。
するとなぜか、とても勇気が湧いてくるような不思議な感覚に捕らわれた。
いや、実際ここでモモコはかなりの気力、体力などのバイタリティの回復を完了していたのだ。
勇気凛々! ちち元気! モモコ100%!

 それからのモモコの行動は早かった。
お母さんが買ってくれた服に着替え、アニメ絵の貯金箱から全財産を引き出した。
さらに遠足用のカバンにタオル、歯磨きセット、パンツ、おやつや水筒等を詰め込み玄関へ向かった。
途中引き返し、火の元の安全と戸締りをしっかり確認して、玄関で靴紐を硬く結ぶとドアから飛び出した。
「お母さん、きっと迎えにいくからね!」と心の中でなかば願い入るようにそう叫び、階段から外へ出た。
振り返った団地の建屋の上空には、いつになく禍々しい逢魔カ刻の空がうねるように広がっていた。
極彩色のオーロラのような紫雲。紅くて大きい月と、不吉な土星や木星。彼岸の境界のような影法師。
確かにセカイが異なっていた。別世界・異次元空間に迷い込んだかような光景に映った。
やはり少し心細くなった。
それでもモモコは歩みを進めた。蠢く夕闇の奥底へと駆け出した。
やがて彼方の一番星が散るように消えた。

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