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なんか不思議な町のモモコ 

10話 胸騒ぎのプリン

 黒荊家の車が帝都東幻京の広い通りを進んでいた。
その車には二人の男が乗っており、運転席には執事の平川の姿があったが、隣の助手席にはとある大男が窮屈そうに座っていた。この者、黒荊家の関係者と思われるが、顔を眼鏡とマスクとで覆っており、まるで世間から正体を隠してるかのようであった。
平川は車を下町の隘路に進入させると、その隣の男『富岡田』に話しかけた。
「いいか富岡田、お前はよけいなことは一切喋るんじゃないぜ」
「わかってまんがな、ワシ何も喋りまへんで。ぜんぶ平川の兄さんにお任せしまっさ」
「うん、……今回、なんとしてもモモコお嬢様をお屋敷にお連れしなければならないからな……」
「せやかて、なんでこないな回りくどいことせにゃなんのでっか? そのモモコお嬢様をお屋敷に連れて帰るだけなら、いつものように裏からかっさらったら早いんちゃいますか?」
「ふふん、わかってないなあー。いいか富岡田、林檎子お嬢様はかのモモコお嬢様に特別の感情をお持ちなのだ。だから今回、モモコお嬢様のお考えも尊重した上で手荒な真似はせず、お屋敷へとお迎えしたい。という心やりで、この俺に穏便な方法による身請けの役目を仰せられたのだよ」
「ふうん、そうだっか……、そこはさすがに帝大法学部出の平川はんの出番でっしゃろな」
「ああ、俺は何としてでも今回のネゴシエーションを成功させたいんだ。林檎子お嬢様とモモコお嬢様が黒荊のお屋敷で一緒にお暮らし頂ければ、きっと林檎子お嬢様は改心して、もとの可憐でしおらしい少女にお戻りになる! そう、林檎子お嬢様は紀緒彦お坊ちゃまを喪失したショックであのようなキャラになられたのだ。だから同じ姉妹のモモコお嬢様がたえず傍にいてくれたなら、また以前の林檎子お嬢様ように……。うん、そうだよ、きっとあのモモコお嬢様なら……」
「ぶひゃひゃひゃ! あの林檎子お嬢様が改心なんかしますかいな! お嬢様は、鬼畜やサイコパスとかそんな生易しいもんやおまへんで。ありゃ、真性の悪党、いや悪魔の権化、いや、いや全宇宙の悪徳そのものですわ! ぶひゃひゃひゃ!」
「……あー、言ってやろ!」
「ぶっ、ひょおょょょょょーーー!」
「嘘だよ。そんな蒼い顔すんな、汗が滝のように吹き出てるぞ!」
「ぶふーう、平川はん堪忍や、脅かしっこなしでお願いしますわ。……でもワシ、ほんま林檎子お嬢様のこと尊敬してますねんで。心酔してるんゆうかなあ。あの発想力と企画力(悪事限定)はほんま天才的だす。あのお方こそ、ゆくゆくは天下を取るお方や、全世界に新秩序を作り……、いや、もしかしたら宇宙の覇権すら掴むんちゃいますか!」
「お前、頭大丈夫か?」
「ワシの頭でっか? 大丈夫かどうか? 自信ありまへんな。なんせワシ、林檎子お嬢様にアタマ少々弄られてますねん。ぶひぃひぃひぃ」
「……まあ、いずれにしても俺たち、大の林檎子お嬢様好きってことだな!」
「せやで、兄さん! ひとつそういうことにしたってや、ぶひゃひゃひゃ!」
二人を乗せた車は、神社近くのモモコらが住んでる恩田座の前で停止した。

 帝都の商店街の人ごみを歩く4人組、モモコとぽ平次、および、ノブちん教授と大木友太の一行の姿があった。
ノブちん教授と大木は何やら論議をしながらモモコらの後を付いて来ている格好であった。
「まったく、だからテレビ局の奴らは信用できないんスよ! あれじゃあ、モモコちゃんがコケにされてる絵じゃないスか!」
「確かに、テレビ局の電波は無線の電波帯域を圧迫しているね。将来的に電波帯域は飽和状態になりかねない由々しき問題だよ」
「そうなんですよね、テレビ局の奴らスポンサーや大手芸能プロダクションの顔色ばかり伺って、偏った番組を平然と作ってやがる。何よりも視聴者をバカにしてるってことが許せないんスよ!」
「それも一理あるね。モモコちゃんのプロシーボ波に代表される精神波を通信機器に応用できれば、電波帯域や電波障害などの問題もいっきに解決できるんだけどね…」
などとこの二人まったく話は噛み合ってないが、それでもなぜか気は合うようだ。
実をいうと、この日はモモコのテレビの生放送の出演日であり、マネージャーと付き人役としてノブちん教授と大木がテレビ局へ同行していた。
ぽ平次は友情出演というこで何度かテレビカメラを向けられ、十八番のやすき節を披露したが、残念なことにそのシーンは本放送ですべてカットされていた。そして彼はその事実を知らない……。
大通りでノブちん教授と大木は、モモコらに別れを告げ各自帰宅の途についた。
二人を笑顔で送ったモモコだったが、その後一瞬疲れた顔を見せ、恩田座へ続く路地裏へ折り入ろうとした。するとそのとき、路傍からモモコの耳にある老人の声が届いた、ような気がした……。
「もしもし、お嬢ちゃん…。あなた、鬼に魅入られてるよ…」
モモコはハッとして声の主を捜した。一瞬、白髭の八卦易者のビジュアルが路の片隅に浮かび上がったが、すぐに消えた。おそらくそれは幻で、その声もそら耳だったのだろうか?
「どうしたんです? モモのダンナ」
とぽ平次がきょとんとしてモモコを見つめていた。
「ううん、なんでもないよ! 今日は緊張したから、ちょっと疲れちゃたのかなって、エヘヘ」
とモモコは笑ってみせた。ぽ平次もニコリとした。おかげで二人は笑顔で恩田座に到着した。
すると恩田座の前には1台の黒い高級車が止めてあった。
それを確認したモモコはある種の胸騒ぎを感じ、さっきの笑顔も過半数ほど失った。

 「何度も申し上げますが、モモっぺはお渡しできませんな!」
「金額がご不満ならこの倍、いえ3倍はは用意いたします。御主人! どうか、モモコお嬢様を黒荊家で引き取らさせて頂きたいのですが! いえ、是非、どうしても引き取らさせて下さい!」
テーブルを挟んで対峙する恩田と黒荊家の執事平川でモモコを引き取る取らないの込み入った交渉が続けられていた。
熱弁をふるう平川の横には、かたや退屈そうに富岡田が椅子にもたれ生あくびを繰り返していた。
「お金の問題ではありませんな。この恩田音太郎、芸は売っても芸人さんは売ったりはいたしませんぞ! 何より当一座の芸人さんは家族も同然! わが子を売る人間がどこの世界におりますかな?」
「こちらにご用意したお金はそういう意味ではございません。当家のモモコお嬢様を見つけていただいた心ばかりの謝礼です。そもそも家族と申されるなら、林檎子お嬢様とモモコお嬢様は実の姉妹。血の繋がった本当の家族でございます。実の家族が同じ家で暮らすのが何より自然かつ当然ではないのでしょうか?」
「おっしゃらんとすることは分りますが、15年前に同じように連れて行かれたユキっぺが、その後公爵家でどのような仕打ちを受けたか、はたしてあなたはご存知ですかな? それを勘案したうえで手前どもの心中お察したく願います。」
恩田がぴしゃりと言い放つと、平川は大きく息を呑みこう告げた。
「はい、幸江さんのことは私もよく存じております。しかし、世間では当家と幸江さんについて有らぬ噂が流れているようです。現在、黒荊家では幸江さんの行方を方々手を尽くし捜しております。ゆくゆくはお互いの誤解を解き、幸江さん、林檎子お嬢様、モモコお嬢様の親子3人水入らずでお屋敷でお暮らし頂きたいと、こう黒荊家一同は考えております」
しばらく沈黙があった後、恩田がこう語った。
「何と申されてもモモっぺの人生はモモっぺのもの。最終的にはモモっぺが望むようにしてあげることが一番です。しかし、モモっぺはまだ年端もいかない女の子。私もモモっぺを預かる身ならば、母親であるユキっぺの断りなしに余所にお預けすることなどかなう道理はございません。今日のところはお引取りください。後日、ユキっぺが無事見つかり、ユキっぺとモモっぺと一緒にお話するがスジでございましょう!」
平川はやけに可愛いハンカチで額を拭いながらこう答えた。
「……おっしゃるとおりです。それでは後日、必ずや幸江さんを見つけ出してお連れいたします。そのときは……」
「それがよろしかろうですな。ただし、そのとき色よい返事をユキっぺがすかどうかは、どうですかな? ですかな……」
それを言われると平川は次の言葉が見つからず、今回の交渉はいったん棚上げの様相になった。
すると平川は色を欠いた表情でアタッシュケースの札束を片付けながら、
「御主人、貴殿は徳のあるお方です。思っていたよりずっといい人だ……」
そして隣の富岡田が居眠りしているのを見やると、ふいにその身を地ベタに移しし、両手をついて今一度恩田に懇願した。
「そんな貴殿ですから、是非お願いしたいのです! ここからは黒荊家の使者としてではなく、この不肖平川個人の願いとして! どうか、どうか、どうかモモコお譲様をわが黒荊家にください! どうか、何卒っ! さもなくば……。
いやっ、怖ろしい……。後生です! どうか、どうか林檎子お嬢様を怒らせないでくださいまし! 林檎子お嬢様だけは! さもなくば本当に怖ろしいことが……」
この平川の哀訴歎願ともいうべき必死の訴えに対し、恩田は黙して語らず、ただ静かに首を横に振るのみであった。平川は心底無念な様子で恩田座を後にした。

 立ち急ぎ黒荊のお屋敷に戻った平川は、吹き抜けの階段にいた林檎子に駆け寄り、いきなり板に付いた土下座をして先ほどの恩田家でのやりとりを報告した。いつ手すり越しに林檎子のドロップキックが飛んでくるかと内心ヒヤヒヤしていたが、林檎子は特に感情的になるわけでもなく薄笑い顔さえ浮かべ彼の報告に耳を傾けた。
「ああ、モモコのこと……。平川、何も気にすることなどなくってよ! 今回はあなたの責任ではないし、誰がいけないわけでもない……」
「……はああ」平川は予想外の林檎子の穏便な態度に怪訝ながら面を上げた。
「あのね平川、最近アタシ、学習したのよ。この世の中お金で買えないものっがあるってこと。特に大切なものであれば、あるほど直のことってね……」
ここでの林檎子は篤実で思慮深いといった一人の少女の顔であったが。
「……はああ?」
「でもね……。この世の中、力づくで手に入らないものはないのよ! そうでしょ、富岡田!」
こう言い放った林檎子の笑い顔がみるみると残忍な光りを宿していった。
するといつの間にか平川の傍らにいた富岡田が、
「さようでございます! 林檎子お嬢様!」
と林檎子に劣らず残忍な笑顔を浮かべ、ムダに大げさな一礼をした。
それを目にした平川は気が遠くなるほどの戦慄を感じ、顔面に血の気が引く様を覚えるのであった。

 「ねえ、モモっぺ、見て、見て!」
と恩田座でモモコらが寝泊りしているちっちゃな子供部屋で富貴子とすね代が嬉しそうにモモコに話しかけた。
二人が手にしているのは新品の赤いランドセルだった。
「わだすたち来月から、学校へ行けることになったとです」
「これも、モモっぺのおかげだよ」
「ありがとう、モモっぺ」
「ありがとう、モモっぺ」
どうやら二人はモモコが貢献した恩田座の売り上げのおかげで、小学校へ通うことが許されたらしい。
「いやあ、アタシは何も。でも、よかったね! フッキーもすねチャンも学校に行けて」
モモコは満点の笑顔で二人を祝福した。
「うん、わだすとっても楽しみとです」
「あたちも嬉しいけど、いじめられたりしないかなあ……」
「なあに、モモっぺが知り合いならきっとクラスで人気者になれるですとよ」
「そっかー、モモっぺは帝都の人気者だもんね。アタチも学校楽しみになってきたっ!」
「アタシなんてそんな。でも、本当にお友達たくさんできるといいね。アタシは勉強は大変だったけど、学校はとっても楽しいよ!」
「わだすたち、シワヤセ、いや、シアワセになったとです! ですから、今度はモモっぺにもシアワセになってほしかとです!」
「そうだよ! モモっぺもきっとお母さん見つけてシアワセになってね!」
「うん、ありがとうなの! フッキー! すねチャン!」
モモコはまたナミダがこぼれる位の嬉しさを二人からもらった。
すると、天井のハンモックで逆さで漫画を読んでたぽ平次が、
「大丈夫ですよ! モモのダンナはおとといぽ平次めとテレビに出やしたから、それを見てた幸江さんが明日にでも駆けつけてくれまさあね。なんたって、帝都中の人が見ているテレビってヤツに出たんですからね。帝都中の有名人ってやつでさあ! おっと、このぽ平次めもテレビに出演してやしたっけ。こりゃ、明日にでもぽ平次のファンが殺到するかもしれやせんねえ。こりゃあ、サインの一つでも練習しておいたほうがようがすかねえ……」
「えっ、ぽ平次は全然テレビに映ってなかったよ! モモっぺばっかりで」
ドサッ!
富貴子とすね代がぶっちゃけると、ほぼ同時にぽ平次がハンモックから垂直落下した。
「ぽへ~っ、このぽ平次が映ってないって、そりゃいったいぜんたいどういうことでござんしょうかいね~」
ここでみんなは、ぽ平次には気の毒だが大爆笑とあいなった。
「あらあら、賑やかですこと、お夜食もってきたから食べなさいナ」
このタイミングでマチコおばちゃまがプリンとお茶を差し入れにきた。
「ちゃんと、歯を磨いておネンネするんですヨ~」
「ハーイ!」
そんなこんなで恩田座の夜は更けていった。
富貴子とすね代は新品のランドセルを抱いてシアワセそうに眠っていた。
ぽ平次も天井のハンモックでムニャムニャと寝言をいいながら鼻ちょうちんを膨らましていた。
モモコは一人寝付かれず、布団に寝そべりハートマークのメモ帳に日記的な一言を記入していた。
「明日こそ会えるよね! お母さん(ニッコリちゃんマーク)」
とモモコのメモ帳にはここんとこ何日も同じ言葉が綴られていた。
なかなか会いに来てくれない幸江が日に日に気になっていった。
先日の黒い車でやってきた人たちのことも気になった。
そうなると、先ほど胸につかえたプリンがまた少し気なってきた。
さらに寝静まった帝都が、今日に限ってやけに静か過ぎるのもなんだか気になってしまった……。
p085
そして悲劇が始まった…
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