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なんか不思議な町のモモコ 

11話 恐怖! 家畜人ブーヒン

 その日、真夜中の恩田座にとてつもない悲劇が起こった。
恩田座のみんなが深い眠りにあった頃、誰もいないはずの見世物の舞台から、突如音楽の演奏が鳴り響きだした。
その音楽はヴァイオリンの奏であり、明るく軽快な曲調ではあったが、謎の演奏者による楽曲は、逆に聞く者に底知れぬ恐怖をもたらした。
そして、そのヴァイオリン曲の演奏がいよいよ佳境にさしかかろうとした頃合い、ふいに闇の中から男の声がその音楽をさえぎるかのように響いた。
「どちら様でございますかな?」
その地の底から響くかのようなその声、その声の主とは?
そう、それはいつのまにか客席に佇んでいた恩田座の長、恩田音太郎その人であった。
それに対して、ヴァイオリンを手にした不審な演奏者は、客席の恩田に背を向けたまま特に驚いたような様子もなく曲を続けながら、あたかも編曲上の独白のごとく呟いた。
「夜分、すいまへ~ん。ワシ、『チャン・ブーヒン』いいます。巷では凶悪盗賊団ブーヒン一味の首領としてちぃとばかし世間さんをお騒がせしてますねんな~、これが! てなわけで、ほな、こちらもお騒がせさせてもらいますさかい、よろしゅうお頼みしまっさ!」
もちろん恩田は現在帝都を恐怖に陥れている極悪非道の盗賊団ブーヒン一味の噂くらいは耳にしていた。
しかし一瞬も動じるどころか相変わらずの謎の笑みさえ浮かべ恩田は返答した。
「ほほう、その有名な凶悪盗賊団の首領様が、いかなるご用件で、手前のこのしがない見世物小屋なぞに?」
「いやあ、そらほかでもありまへんわ、御主人様のとこにモモコちゃんはんっていらっしゃいますやろ? ワケありましてな、その子にチト用がおましてんな!」
「さて、うちのモモっぺに何用ですかな?」
「堪忍やで、用は用ですがな! ワシ、ワケあってよういわれへんのやけど、モモコちゃんはんに会いたいゆう人おりましてん。その人がモモコちゃんはんどないしても連れてこいゆうますねん。その人ごっつうキッついから、せやからモモコちゃんはんにどうしてもワシときてもらわんとあかんねんな! 正味のハナシ! せやからモモコちゃんはんチトお借りしまっ、いや、この際もろときますわ! ぶっひゃひゃひゃ!!」
「できぬ相談ですな!」
「ワシ、相談しにきたんちゃいまっせ(笑)、もろとくといったらもろときますわ! なんせワシ盗賊やさかい、いちいち持ち主さんの許可などもろてまっかいな! そうでっしゃろう! ワシ間違ってますか? ぶっひゃひゃひゃ!!」
「なるほど、なるほど、おしゃらんとすることは分りました。ですが、ですよ…。あなた様やどなた様が何と言おうとモモっぺを他人には渡しませんぞ! 天地と座布団がひっくり返ってもない話ですな。てなワケであえて云いますが、どうかお引取りください! アーンドおととい来あがれ! ですかなフッハハハ!」
恩田が不敵な高笑いを発すると、ブーヒンも「ぶひひ」と肩で笑いだし、
「ワシ、おととい来てますがな……」
といって振り向いたブーヒンの面相にさすがの恩田もその目を見開いた。
そのブーヒンなる男に恩田は確かに見覚えがあった。
黒い覆面で顔こそ隠してはいたが、髪型や顔の輪郭などから、一昨日黒荊家の使者として恩田家に訪れた男の一人、富岡田と名乗る男と思われた。類まれな巨躯からも同一人物であることは間違いなかったし、何よりもモモコを連れていくといった目的もまったくをもって黒荊家の使者の男と同様ではないか。
これは恩田にとって恐るべき告発であった、今帝都を震撼させている凶悪盗賊団ブーヒン一味は、黒荊家の内部の者であるという重大な事実を意味していた。それならブーヒンがモモコを連れていくといった行動は、黒荊林檎子の差し金であることは容易に想像できた。そしてまたブーヒンと林檎子の接点を知ってしまった恩田自身身の危険も想像に難くなかった。黒荊家のヤリクチは恩田はよく知っていた。今、ここに対峙した恩田と富岡田ことブーヒンはやお互いヤルかヤラレルかの世界に突入していることは決定的であった。

 すると突如、恩田の周囲の闇が一斉に蠢いた。いつのまにか恩田は十数人のブーヒンの手下どもに囲まれていた。
それでも恩田は目に不思議な輝きを秘め、終始不敵な笑みの口角をさらに広げていた。
次の瞬間、無言の合図で2人部下が刃物を握り同時に恩田に飛び掛った。ヤバイ!
その次の瞬間、信じられない光景が目に映った。
暗闇に一閃、炎が宙を勢い良く飛んだ。恩田はなんと口から火を噴いたのだ。
恩田が放った火炎は射線軸上のブーヒンの部下2名に次々に命中した。
その火力はとても強力で、2人の部下は一瞬で火達磨となって辺りを転げ回ると、悲鳴とともにそのまま動かなくなった。
次に恩田の背後から拳銃を構えたブーヒンの部下が、一瞬早かった恩田の火炎放射の餌食になり、またもや一人炎の中に倒れた。
実はこの恩田、火を噴く術はこの道五十年超の達人の域(もはやウルトラ怪獣)にあったのだ。
以前は見世物の舞台でこの火を噴くショーを披露していたが、最近は、近所の苦情と消防署のお達しでこの芸を封印していたのであった。
そして有事のときにはこういう武器としての使い方も想定していたようだ。
さすがに屈強なブーヒンの部下たちも、この恩田の火炎攻撃に怯み、しばし戦局が膠着するかに思われた。
そこで大将のチャン・ブーヒンが一歩前に踏み出し、ステージ上から恩田を不敵に睥睨すると、
「ぶっひゃひゃひゃ! 実にけっこう! けっこう毛だらけ部下灰だらけ! 戦に焼かれてお寺はボウってねホンマに! ほな、御主人! ワシがお相手しまっさ!」
と叫び、巨躯をフと軽く宙に浮かせると、次の瞬間恩田に鋭い速度の跳び蹴りを放ってきた。
まさにブーヒンのフイをついた電光石火の一撃であった。
これに対し恩田は微動だにせず、腕を交差させブーヒンの脚を柔剛巧みに払いのけた。
ブーヒンは一度両手をつくと、まだ空にある両脚を回転させ、そのまま連続蹴りに転じて仕掛けてきた。
その攻撃もすべて恩田の手刀にことごとくなぎ払われて、ブーヒンの先制攻撃はまずは不発に終わった。
この機を逃さず、恩田も空手や骨法のような拳や足技ですかさず反撃に転じた。
ブーヒンも両手両足を駆使して応戦し、お互い一進一退の戦いをしばし展開した。
ブーヒンのスピードと破壊力はもはや人間の戦闘力をはるかに超えていた。
もっとも戦闘用の家畜人として黒荊林檎子による遺伝子操作と人体改造手術を施されており、
その強靭無双な身体能力の高さと性格の冷酷無比な残忍さは戦闘用家畜人たる所以といえよう。
それに決して遅れを取らない恩田という男もまた、只者ではないことが十二分に伺え、まったくをもって何者なのか謎また謎であった。
後で判ったことだが、実はこの恩田音太郎、故郷はとある忍者村として名高い土地の出身で、自身も忍術に何かしらの影響や修練を受けているのではないかと推測される。
そして二人を取り囲んでいたブーヒンの部下たちは、手にした刃物や拳銃を構えたまま、この息詰まる攻防をただ注視するだけであった。
「モモコお嬢様や! モモコお嬢様を捜しなはれ! 目的はモモコお嬢様でしゃろ!」
とブーヒンの一喝と指示に手下どもは我に返り、蜘蛛の子を散らすかのように散会した。
ここで恩田は決着を早めに着けようするあまり焦りが生じた。
ブーヒンの一瞬のスキに放った火炎だったが、それがブーヒンの秘策に嵌った。
待ってましたとばかり恩田の火炎をブーヒンは強力な鼻息で押し返したのだ。
風速80mはあろうかという風圧は恩田の火炎をすべて恩田自身に逆襲させる形となった。
そこで勝負はあった。恩田は火達磨になりかけたところへブーヒンの強力な足刀をお見舞いされ後方に勢いよくすっ飛んでいった。
柱と天井にしこたまバウンドした恩田はそのまま人間の形に床にめり込んだ。
すでにドヤ顔のブーヒンの顔の中央にある豚鼻の穴から、黒い突起がにゅうと突き出た。
それは二対のバルカン砲であった。ブーヒンは己の肉体も兵器と化している戦闘用家畜人の最高級モデルであった。
その砲口が恩田に向けて一斉に火を噴いた。
さしものの恩田も戦闘機の編隊さえ撃ち落とすというブーヒンの機銃掃射の前ではなす術がなかった。
瞬く間に恩田が着用していた燕尾服は硝煙の中に飛散していった。
哀れ恩田音太郎はここでその尊い命を剥奪されたのだった。
現代見世物小屋の父と身内に云わしめた横丁の傑物、恩田音太郎は齢55歳にして壮絶な最後をこの日迎えた。
後日談によると、このとき恩田は死してもなお、目に怪しげな光りを宿し不敵な笑みを浮かべていたという。
激闘の果て恩田を打倒したブーヒンは、さらに残酷な笑みを醜悪な顔面に浮かべるとモモコが居るであろう母屋へと踵を返した。

 「モモっぺ! みんなー! 逃げるのよう! どこまでも逃げるのよう!」
頭部にお鍋を被って、柄杓と布団叩きで武装したマチコちゃんはそう叫び回ると敢然と押し寄せるブーヒン一味らの前に立ちはだかった。
一瞬、マチコちゃんの出現とその容貌と気迫にびっくりしたブーヒン一味であったが、このブーヒンらはマチコちゃんに対しても無慈悲な攻撃を躊躇しなかった。
手下たちが手にした拳銃がすぐさま数発乾いた音を発すると、次の瞬間マチコちゃんはものすごい断末魔の金切り声と苦悶の表情をもってその場に倒れた。
悲しいことにマチコちゃんはつい先に旅立った恩田のもとへとすぐにいくことになったのだ。
「捜せ! どこかの部屋にいるはずだ!」
マチコちゃんの防衛線が解かれた今、ブーヒンの一味はいよいよモモコらの部屋に押し迫ろうとしていた。
当のモモコらは部屋の窓から屋外への脱出を試みていた。
モモコとスネ代は窓の外に出られたが、大柄なフッキーこと富貴子が窓枠に閊えてなかなか外に出れずにいた。
モモコとスネ代も必死に富貴子の身体をひっぱるなどしたが、かろうじておなかとおしりの着衣がめくれるばかりで一向にらちがあかなかった。余談だが富貴子がなかなか出れない一因に背中に背負った新品のランドセルがあったが、みな必死で気が付かない様子だった。
「いたぞ! ここだ! ここにいたぞ!」
と声が聞こえたかと思いきや、フッキーの身体はブーヒンの手下どもによって部屋の中に引き戻されてしまった。
変わりに数人の部下が窓から飛び出してきてモモコらに飛び掛ってきた。
「キゃー!!」
「ぎゃわー!!」
まだ小さな女児のモモコとすね代は絶叫するより他の術はなかった。
「モモっぺとすねチャンに手出しはさせねえです!」
部屋の中でドスンドスンと大きな音が響いた。
フッキーが必死に抵抗をしているのだろうか。
しかしパン、パンと数発の銃声が鳴ると部屋の中が静かになった。
そして富貴子が背負っていた赤いランドセルがドス黒い血潮に染まっていった。
その時点でモモコとすね代は、ヒシと抱き合ってただガタガタ震えるえていた。もはや身体は動かず、思考も停止していた。
「おい、お前には用はない! 離れろ!」
ブーヒンの部下の一人がモモコにしがみ付いているすね代の髪の毛を掴んでムリに引き離そうとした。
「ヤダ! ヤダ! モモっぺから離れない! 絶対ヤダ!」
すね代は仰向けに横たわったモモコに覆いかぶさり、必死にモモコにしがみ付き頑として離れようとしなかった。
「どうしますコイツ?」
「仕方ねえ、一緒に連れて行きますか?」
「いや、そらあかんて! 普段から林檎子お嬢様はゆうとったやないか、キモイ人間は生きてる資格なしとな。
そのうえ林檎子お嬢様は大の蛇嫌いやねんど。そないな蛇女の子、お屋敷に連れて帰ってみい、林檎子お嬢様がブチ切れまっさ、ホンマに!」
と御大将ブーヒンの一声ですね代の運命は決まってしまった。
ザクッ!
部下の一人がライフル銃の先に装備した銃剣をいきなりすね代の背中に突き立てた。
「ひぎゃん!」とすね代がものすごい悲鳴を発したが、それでもモモコから離れようとはしなかった。
立て続けに彼女の小さな背中に銃剣が突き刺されたが、すね代は離れるどころかさらに強くモモコにしがみついた。
「しつこいヤツだ!」
「いい加減離れろ!」
ブーヒンの手下どもの怒声が飛ぶ中、モモコとすね代はお互いの顔をさらに接近させた。
モモコに密着したスネ代の体から銃剣の刺さるイヤな音と衝撃が伝わってきた。
モモコはすね代に死んで欲しくないと強く願った。すね代もまたモモコを守りたいと必死で思った。
そんな二人は間近まで接近したお互いの唇を重ねていた。図らずともキスする格好になりそうなった。
何故そうなる? と問われれば二人は生死の境の極限状態での行動なのでそうなった。
としか説明できないので、そうなった…。そう、そうなってしまったのだ…。そうなったことにして下さい……。
そしてこの二人のキスは自然と激しさを増していった。まるで互いの命を吸い合うかのように。
残虐なブーヒンの部下の仕打ちにはかないすね代の生命が消えようとしていようとした瞬間、モモコとの互いの口吸いの最高潮でスネ代はモモコにその生命を託そうと願った。その瞬間モモコの口内に何かが入ってきた。すね代の舌にしてはいやに長すぎる物体だった。しかもそれはウネウネ動いていた。また、青臭いような生臭いような野生的な味覚がした。
「もごごっ」とモモコは異物感からくる吐き気をこらえた。最後のすね代の気持ちを受け止めようと必死だった。
モモコはその、何だか細長くてうめるような物体、を受け入れるとそのまま咽喉の奥へと飲み込んだ。
その物体とは何だろうか? それは1匹の生きた蛇だった。そう、すね代が見世物の舞台で毎日飲み込んでいる蛇の子供の「イクちゃん」だった。イクちゃんの口移しを終えると、すね代は一度寂びしそうに微笑んでモモコに最後のお別れを告げた。
「モモっぺ、来世でも仲良しでいてね……」
「来世ってどこ? 来世だろうがどこだろうが、すねチャンとはいつまでもどこまでも仲良しだよ! だから! すねチャン! お願い! お願いだから来世なんかにいっちゃヤダよお! お願い! 誰かああ! 神様でも仏様でも誰かお願いよおお! お母さあーーーん! お願い! すねチャンを助けてよお!」
もうすね代は答えることはなかった。痛かっただろう、苦しかっただろうが最後は安らかな表情のまま息を果たした。
「すねチャン! すねチャン! なんでこんなことに! 音田のおじさま! マチコおばちゃま! フッキー!
ああ、みんな返事してよお! なんでこんなことに! なんで! なんでなのー!? あはははーーーん! わああーーーあん!」
モモコは大声で叫んだ。終わりのほうはもはや声にならなかった……。
「モモコお嬢はん、すいまへんけど、ちょっと眠っとってやー!」
ブーヒンはその豚鼻から今度は何やら緑色のガスを噴霧した。
モモコはゲホゲホ咳き込むとそのまま意識が遠のいていった。
どうやら催眠ガスの類らしい。ブーヒンの豚鼻は各種戦況に応じた兵器が内装されているようだ。恐るべし家畜人ブーヒン。
薄れる意識の中、モモコは恩田家に火の手が上がっている様子が微かに目に映った。そしてその炎の中に黒荊林檎子の黒い幻影を見た。
林檎子はモモコの姉だという。その実の姉がブーヒン一味なる暴漢を使い、何の罪もない恩田音太郎、マチコおばちゃま、フッキーにすねチャンをこんな目にあわせねばならないのか? それがどうしても理解できずにいて激しい憤りが抑えられなくなった。まるで信じられない夢のようであったし、もしこれが悪夢なら今すぐ覚めて欲しかった。
恩田家の屋根が柱ごと火の中に崩れ落ちた。ここに恩田家のすべてが無くなっていった。
みんながそれぞれの芸で頑張った舞台も、楽しい団欒の食卓も、母幸江の想い出と温もりのスクール水着と縦笛も……。
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本当の地獄はこれからよ!(by 林檎子)
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