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なんか不思議な町のモモコ 

13話 或る秋の日 ~最終審判の日・いぶ~

 「こんなものが認められるか!」
と樋村という新しい上官は書類の束を桐島に投げ返した。
桐島は予想していたこととはいえ、わずかに苛立ちの表情を隠しきれずにいた。
この樋村という帝国軍の大尉は、殉職した月夜野の代理で情報二局の指揮をとることになった中年の男である。
文官上がりのエリートで出世街道まっしぐらのキャリア軍人だが、常に上に媚びへつらい下には情け容赦がない態度と、元来粘着質的な性格からして周囲の評判は決して芳しくなかった。
現に桐島の報告書を碌に目を通すこともなく一蹴し、さらに大勢の他の隊員たちの前で桐島にダメだしと御説教を繰り返すこの男は、着任そうそうの「俺様が上司様だ」アピールも手伝ってかパワフルかつネチネチと、相当にそのイヤな上司っぷりを二局の隊員内に周知させた。
叱責を受けた桐島が苛立ちをおぼえたのは、この樋村という男の人間性ではなく、今この時間が無為に過ぎていることであった。とにかく今の桐島には時間がなかった。
その桐島が書類と共に現上官である樋村に提言したのが、ブーヒン一味の殲滅、その黒幕であるとされる黒荊家への強制捜査の要望であった。
結果は予想通りのものだった。軍の上層部が及び腰であるところの黒荊家への介入はやはりこの典型的な小物中間管理職がよしとするわけがあろうはずがなかったのだ。
半日近くも説教を食らって軍議室から出てきた桐島に後輩の肝田が寄ってきた。
「どうです新しい指令殿は? やはり月夜野大尉とは全然違うタイプですか?」
「ああ、色々とね。おかげで月夜野大尉と計画していた作戦プランがすべて振り出しに戻ったよ」
「桐島先輩少し休まれたほうがいいんじゃないすか? 先日のブーヒンらとの一戦からまったく寝てないんじゃないですか?」
「うん、自分なら平気さ、全国民が安心して眠れるまで自分はフル稼働で頑張るよ! なんてね」
と二人が軍本部にいくつかある娯楽室の一室のドアをくぐると、
ぽ平次とのぶチン教授、それに大木友太がおのおの椅子にもたれやるせない顔で二人を出迎えた。
「モモコちゃんは?」
桐島が尋ねると。
「さっきまで、ずっと泣いてたけど今は落ち着いて奥の医務室で静かに眠ってるよ」
のぶチン教授がいつになく疲れた声で答えた。
「……そうか」
皆それ以上は言葉が無かった。普段はおしゃべりなぽ平次さえ無言でジっと俯いてるよりなかった。
モモコは現在、身柄の安全を考慮して帝国軍本部に保護されている。恩田に引き取られる前滞在していた場所にまた戻ってきた形となっていた。

 秋も深まり、街並みに街路樹の葉が色付き始めていた。
帝都の北西に位置する高級住宅街も庭木の落ち葉をしみじみ掃除する住人らの姿が見られた。
そんな折、黒荊家は賑やかかつ慌しかった。
なにやら大広間に豪華絢爛な花や飾り物が使用人総動員で装飾されていた。
天井近くの横断幕には『林檎子お嬢様15歳誕生記念祭』と掲げられていた。
明日の10月25日は御当家の令嬢黒荊林檎子の15歳の誕生日であった。
林檎子の父親である黒荊才蔵はこの女の子が好みそうな華美なディスプレイに大変満足げであった。
氏が広間の中央に設置されている四角い舞台のようなものを目にすると、傍で忙しそうにしている執事の平川を呼び止めた。
「これはなんだ。察するに誰かが歌ったり踊ったりするステージであろう? まさか林檎子自らここに上がり芸能を披露するとかいった趣向ではあるまいな」とニコニコ嬉しげに訊ねると、
「はい、確かに林檎子お嬢様自らこの上にお立ちになる予定ですが、残念ながらこれは誰かが歌ったり踊ったりするようなステージではありません」
「ん、ステージではないとするとこれは一体?」
「はい、これはリングです」
「ふむ、リングとな、それは一体何か?」
「はい、リングとは白いマットのジャングルです」
「な、何だそれは? な、何が始まるのだ! 林檎子はこの上で何を……」
「はい、金網チェーンデスマッチと聞いております」
「金網、チェーン、デ、デス……?」
「はい、平たくいうと格闘技の一種です。金網を張ったリングの上で互いの身体を鎖で結んだ選手同士が血で血を洗う死のバトルを繰り広げます。林檎子お嬢様の対戦者は当日のお楽しみということで…」
「ふうーーーん……」と、才蔵はこれ以上聞きたくないといった素振りをもってその場から退散した。

 カツン、カツン、カツンと甲高い靴音が地下室に響くと、富岡田ことチャン・ブーヒンは額と両手を冷たい床につけたまま恐怖に身を硬直させた。
ガタンとドアが物々しく空き、黒服の少女が伏したブーヒンの前に現れた。
「お、お許しください! 林檎子お嬢様!!」と云おうとした、のっけの「お」の発声と同時に黒荊林檎子のブーツの踵がブーヒンの後頭部にめり込んだ。
「ぶ、ぶひひいい! 林檎子お嬢様! お怒りはごもっとです! 後生です! どおかお許しおおおっ、こ、殺さんといてー!」
「はあ? お怒り、お許し? あららあ、何のことかしら?」
「モ、モモコお嬢様は次こそ、お連れしますよってん、どうか、何卒! お許しおおおっ!」
「ふん、モモコの件は別儀よ。最初からお前らなんかに期待してないわ! いや、何ね明日の誕生日に新調した靴の履き心地、てか踏み心地を試してるだけよ」
とさらに踵がメリ込むと「ぶひひひい……」とブーヒンがさらなる大きな唸り声を上げた。
「ったく、アタシ的には誕生会なんて柄じゃないんだけど、今後の世界侵攻の景気づけに壮行会も兼ねてちょっとね! これをもって盗賊団ブーヒン一味も軍隊に昇格よ! 寒露亜国軍部から精鋭の補充兵も手配したし、今度こそしっかり働きなさいよ! あの忌々しい情報二局をとっととちゃっちゃか片付けちゃってちょーだい!」
「ぶひひひい、ありがとうございます林檎子お嬢様あーーーっ! きっと情報二局などととゅちゃかとひねり潰しますよってえん」
「フフフ、頼んだわよ。それにしても富岡田、お前の頭は踏み心地が良いわね! そこだけは帝国民名誉勲章ものよ!」
「こっ、光栄です林檎子お嬢様あーーー! もっと、もっと踏んでくださいましいいい! ぶっひひひひいいっーーー!」
と地下室から狂喜と狂気に満ちた哀れな家畜人の雄叫びがしばらく暗闇に反響した。
「おっと、もう一匹のブタも可愛がってあげなくちゃだったわ」
と林檎子はブーヒン富岡田の後頭部を中心点にぐりりっと踵を返すと、やにわに秘密の地下室から出て行った。
残されたブーヒンはしばらく動けずにいた。心身のダメージと恍惚の余韻に浸りながら……。
林檎子が向かった先はお屋敷の裏側の湖畔に面した庭園であった。
この庭園の隅にあるガラス張りの温室の重厚な鍵を月明かりをたよりに開くと、
室内から異様な湿気と植物の臭気と機械類の稼動音がいっきに溢れてきた。
「はあい、元気? てか、生きてる?」
林檎子は温室の中央に位置する奇妙で摩訶不思議な樹(幸福の実の木:詳細は8話を見てね)の方向に言葉を投じた。正確にはその樹に縛られた一人の成人女性に対して声をかけたのである。
その女性は顔を下に目を伏せていたが、林檎子に顎を掴まれその容貌が月影にさらされた。
「喜べ、もうすぐお前の最愛の仔豚に合わせてやるから! あっ、仔豚ってモモコのことな! テメーのクソガキのドブス! 奈美桃子だよ…、ふうー」 
「……!」その女性は目に驚愕の色を浮かばせ、林檎子を見据えた。
「フフフ、よかったわね! あら、もっと嬉しそうな顔なさいよ!」
「んんっ、…………!!」
林檎子の指がその女性の口元を乱暴に歪めながらこう続けた。
「ところで幸江お母様、明日は何の日かわかる。そうよ、私の15回目の誕生日、あと、モモコとテメーの命日になる予定だからひとつヨロね!」
幸江お母様と呼ばれたその女性は恐怖と絶望を瞳に映し、声にならぬ悲鳴を上げその場に身悶えした。
そう、今この幸福の実の木に繋がれているこの女性こそ、今日までモモコが必死の思いで捜し求めてきた母幸江本人であったのだ。
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次回、モモコと林檎子、直接対決なるか?
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