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モモコ2nd ダブルピンチスタンバイ
5話 「女医っ娘林檎子 禁断の病室日記」

林檎子が目を覚ますとそこは病室のベットの上であった。吊るされた点滴と輸血用のガラスの容器の横に父黒荊才蔵の顔が見えた。
「おお、気が付いたかい、林檎子よ!」
「……お父様、……私、……そうだ、……お母様は?」
「ああ、無事手術が成功し、今は安静にしている。お前のおかげだ……」
「そうですか、よかった」
林檎子は意識が明瞭になるにつれ、昨日のことを徐々に思い出していた。
十年ぶりに黒荊の家へ帰った矢先、突如病気が悪化した三輪子公爵夫人を救うべく救急車に同乗した林檎子は、そのまま搬送先の帝都病院で母である美和子の緊急手術を自ら執刀した。
病状は思わしくなく、発作性溶解型心筋症、悪性血栓塞栓性肺結核、突発性腎臓硬化症、細菌性肝臓萎縮症、急性新型白血病、などと聞いたこともないような重篤な難病を、五臓六腑に数え役満ばりに併発しており、今、同時にすべてを手術しないと命が助かる可能性は極めて低いと思われた。
しかしながら高度な医学知識を持つ林檎子は、実に手際よく手術全般をコントロールし、また帝都病院の優秀なスタッフと充実した医療設備もあり、三輪子夫人に九死に一生の光明が見えていった。
しかし、大きな問題が発生した。輸血用の血液、三輪子のABマイナス型が圧倒的に不足していたのだ。最後の輸血用血液の容器がほぼカラになりかけていたところで、林檎子は何を考えたのか輸血用のチューブに繋がる注射針を己の腕にブッ刺して、患者である三輪子に直接林檎子自身の血(同じABマイナス型)を輸血し始めた。そして尚も、その状態で執刀を続けた。
これには他のスタッフがあ然とした。そしてこの難しい手術は十数時間をゆうに越えていた。
そのため林檎子もかなり疲労していることと心配された。ましてや三輪子への輸血でみるみる血液が減少していく状況下でだ。ここから先は時間との戦いであった。
林檎子は最終的に手術のキモとなるテクニカルな要所要所をクリアし、あらかた目処がついたところで、他の外科医らにその後を任せる旨の指示をすると、その場に過労と貧血でこてんと倒れこんだ。
そして気がづいたら自分が病室のベットの上だった、という顛末であった。

林檎子は今だ朦朧としながらも才蔵から重ね重ねの感謝の言葉を聞いていた。
するとノックの音と「よろしいでしょうか?」との若い男の声が病室のドアの向こうから聞こえた。
「おお、紀緒彦か。入りたまえ。たった今林檎子が目を覚ましたところだ」
「!!!(うわあっ)」
林檎子がその名を聞いてドキッとした。そして身構える間もなくその紀緒彦が入ってきた。
紀緒彦の姿形を見たとき林檎子は、よくある肉親、この場合兄妹との再会とはまた別格な衝撃を感じた。兄妹愛という言葉では測りきれない運命的な何か、確かな絆の安堵に加え、甘美で心憂く例えようのない心持ちがそれであった。
同時に心臓があらぬ速度で揺れ動き出した。その勢いは体中すべての血液が逆流するかと思えるほどで、いや、実際点滴用の容器が不自然にコポコポと泡が噴出し始め、リアルの本当に血液が逆流していたようであった。
それを気取られまいと、林檎子は腕の点滴用の針をぶち抜くと、飛びいさんでベットから跳ね起きた。
「おい、大丈夫か」と才蔵が制止しようとすると。
「あはは、アタシはもうヘーキ! ヘーキ! そうだ、それよりお母様の様子みてこなきゃ!」と部屋を出ようとしたとき、強烈な眩暈がして体が真横に倒れそうになった。
「あ、危ない!」
その林檎子の肩を素早く紀緒彦が支えてくれた。
「!!!」
林檎子の時間が停止した。実のところ林檎子の思考が停止したのだろう。
紀緒彦の真っ直ぐで優しい瞳がずいぶん近くにあった。

「まだ、休んでたほうがいいよ、僕の妹林檎子さん」
「…………」
言葉が出なかった、体も固まって動かなかった。

「だ、だ、だ大丈夫よよ!」
やっとそれだけ言葉を発すると、林檎子は紀緒彦の手を振りほどいて部屋を出て行った。
紀緒彦と才蔵が呼び止めるのを聞かなかった。
自然に足が速くなり、病院内の長い廊下を駆け出していた。
とうに三輪子の病室を通り過ぎ、自分自身どこへ向かっているかもわからぬほどであった。
気がつくと病院の外で、誰も居ない外れの病棟の物陰にいた。
そのまま体をまるめてしゃがみ込み、自身の両肩に手を置いてみた。
そこに残る紀緒彦の掌の温もりを手繰ってみた。
確かにその優しい熱を帯びた痕跡は消えずに残っていた。
喜びが込み上げてきた。しかし、それを自ら本能的に制止した。急に怖くなったからだ。
次に林檎子は苦しそうな表情で頭を左右に振り、さらに体を小さくし地面に蹲ってしまった。


数日後、すっかり回復した林檎子は黒荊家へ戻ることになった。改めての帰還であった。
その前に三輪子夫人の容態を確認するために彼女の病室を訪れた。

「ご気分は如何ですか? お母様」

ベットには驚異的な回復で死の淵から生還した三輪子のほかに、つきそいの親族の梅園寺家の者たちがいた。一同は林檎子に無言の一瞥を向けただけであった。
仮にも命の恩人である林檎子に対しても、あいもかわらず反目の態度にあるこの梅園寺家の者たちの林檎子への嫌悪の度合いは如何程であろうか。

「お母様、ちょっとお体を調べますわね」
かまわず林檎子は医者として病状の経過を確かめるため、脈拍や、目や口の様子を調べようと
美和子の体に手を伸ばした。
「パシッ」
その林檎子の手をとっさに三輪子が払いのけた。
そして唇をワナワナ震わせながら堪りかねたようにその心中にあるドス黒い念を言葉にした。

「じ、冗談じゃないわ! よりによってこんな賎劣な悪魔娘に医者のマネなんてされて、
ワタクシの体が穢れてしまったわっ! しかもあろうことか、この娘の生き血を輸血までされたっていうじゃないの! あ、悪魔の血がワタクシの体内に注がれたですって! 信じられないわ! 何てことなの!
ああ! なんておぞましい! 恐ろしい! いやよ! いや! いや! こんな目にあうならいっそ死んでしまったほうが良かったのだわ! 死んでしまったほうが! いや、死にたい! 死にたいわよ! 今すぐ死んでしまいたい! うわああああああああああ!!」
ついに三輪子はヒステリー状態になって大声で喚きながらベットの寝具をひっくり返し暴れ始めた。

パーーーーーーン!

すかさず林檎子が三輪子の頬を強く叩いた。
三輪子は頬に手をついて目をきょとんとさせた。
周囲の他の梅園寺家の親族たちもきょとんとなった。
林檎子がにこっと微笑んで何か言おうとしたとき、
「うわああああああ! よくもやったわね!!」
再び激昂した三輪子が林檎子に飛び掛り、その勢いで近くにあったお見舞いの大きな花が飾られている花瓶で林檎子の頭部を殴打し始めた。

ガスッ! ガスッ! ガスッ! ガッシャーン!! 
4回目は大きく振りかぶり、かなりの勢いで炸裂した花瓶が粉々に砕け飛び、あたりに花びらが舞った。

「ぐギャーああああ!!」
林檎子のダメージも甚大と思われた。

さすがに親族が皆で三輪子を羽交い絞めにしなんとかこの大修羅場を止めた。
「はあ、はあ、はあ……」
興奮状態の三輪子の前に立ち上がった血まみれの林檎子(髪飾りにお花と花瓶の破片)がそれでもにっこり笑って語りかけた。
「それだけ元気があれば大丈夫のようですね。三輪子お母様……」
と言い残しそのままこてんと倒れた。

「救急車だー! 誰か救急車を呼べー! すぐに病院へ連れて行くんだ!」
「やあねえ、ここはすでに病院ですわよ」
「そうだっけ、ワッハハハ」
「オホホホホ」
「ウフフフフ」

そんな呑気な梅園寺の方々の声を林檎子は遠くで聞いたような気がした。
結局林檎子は再度入院することになり、またも黒荊家への帰還が延期になったのは云うまでもない。

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いよいよ黒荊家での麗しき背徳的な日々が始まる
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